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■館岡栗山(1897〜1978)は、本名豊治。秋田県五城目町出身。

秋田の風景、行事、民俗を一貫して描く。独特の速い筆勢による動的画面を展開、その軽妙にして俗気のない人物表現、深い墨色のなかに点じた朱・群青・緑青のさえた色彩に特色がある。
1933年 「台温泉」が院展に初入選。
1937年 「雨後」が院展で横山大観賞を受賞。その後、安田靭彦の指導を受ける。
1951年 地方紙「湖畔時報」を創刊。社主となる。
1968年 院展特待、無鑑査。
1978年・昭和53年81歳で生涯を閉じた。
秋田県文化功労賞受賞・勲五等双光旭日章受賞。

詳しくは下記参照下さい。
●五城目町広報 すばらしい先輩たち・第2集「舘岡栗山」


■高橋秀光(1911―1963)は、本名茂治。秋田県平鹿町出身。

京都で日本画家の小林古径に師事し、戦後妻の出身地の能代に移り絵画創作活動を始めた。美人画や花鳥風月、山水画などを描き、県展、大潮展などに入選。日本画グループ「山樹社」を結成し、湯沢市の七夕絵灯ろうや能代市で日本画の指導にも当たった。酒が好きで酒仙画人の愛称もあり、51歳で生涯を閉じた。

詳しくは下記参照下さい。
●北羽新報 8日の紙面から

■柴田春光(1901〜1935)は、本名良吉。秋田県鹿角市出身。

明治34年に毛馬内の製菓業の家に生まれた。幼い頃から絵の天分に恵まれ、初め佐藤紫雲に師事した後、川崎小虎の門下生となり、春光と号した。 大正12年(1923)中央美術展に入選した「東北のある町」は、実家の真向かいの家並みを描いたもので、同じ構図の「雪景色」は日本美術展に入選している。春光の才能は、ますます輝きを増し、昭和3年の「狭布の里」、5年の「雪路の商い」、8年の「十和田路」などが相次いで五回、帝展に入選し、日本画壇に確固たる地歩を占めるに至った。    同3年には、伊東深水の高弟で日本画家の多津子(広田万治娘)と、深水の仲人で結婚し、画壇の若きホープとして、洋々たる前途を約束されていた。  しかし、生来虚弱だった春光は、長年の苦しい生活がたたって、病床にふすことが多くなった。そして同10年35歳の生涯を閉じた。

詳しくは下記参照下さい。
●鹿角市教育委員会 ●鹿角の近代人物伝 ●鹿友会誌(抄)「第三十八冊」

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